心 の 駅

- 1 -

 


E/F

今、あるドラマを見終えた。
内容は「もって後1年の命」と宣告された若い教師の話である。
単純に「お涙頂戴」ドラマにありがちなストーリーなのでは。そう思って初回からの分は見ていなかった。
私は中学時代の恩師が癌で他界していたので、その手の話には抵抗があったのだ。
それがある時、たまたま見た回の台詞に圧倒された。
主人公が結婚に対して二の足を踏んでいた時、主治医が「たとえ明日、世界が滅亡しようとも、今日、私は、りんごの木を植える」(こう言った内容の台詞だったと思う。)この言葉に少し感動した。以来このドラマを毎週欠かさず観る事となった。

主人公は「癌宣告」以前では自分の授業を無視して個々の参考書を開いている生徒達が「授業無視」の態度に対して「無駄な抵抗」と諦めて注意もしなかった。
が、自分が短命であると分かった時、当初荒れた生活こそしたが、「今の時間を大切に使おう」と考え始める。
その考えがしだいに周りも賛同していく。
「自分は『死』を恐れない」と覚悟する様は自然な成り行きであった。

受験生の生徒に対して「コーラスコンクールに出ましょう」と言うのはかなり意表をついたものではあったが、「野ばら」「この道」の合唱を聴いて、清清しい中にもじわじわとこみ上げてくるものがあった。
だが最終話。やはり主人公が亡くなるのだが、不思議とそのシーンでは涙が溢れなかった。そこには最後まで生きぬいた主人公に対して、「最後まで見とどけた」と言う思いを感じたからだ。

その後のドラマの展開は、最後まで主人公に抵抗していた生徒が、数年後教師となって母校に赴任する。彼は就任初日の授業がまさに自分も行った「授業無視」の風景だった。その時、彼は亡くなった主人公の話を語り始めた。

そしてラストシーン。
「僕に会いたくなったら僕がプロポーズをした場所に来て下さい。きっとそこにいます。」と生前主人公が言ったその場所へ主人公の妻が赴く。
「色々あるけど元気ですよ。」彼女は微笑んでそこを後にする。なぜかそのシーンで涙が溢れた。
そこは「ドラマの話」である。寓話に近い話かもしれない。だがあまりドラマを見なくなった私にとって非常に良いドラマであった。そして私はふと中学時代の恩師を思い出していた。

Illustration by KIKUCO

 

Back

Home